
「銀行員ってそんなに大変なの?」と軽く見ていた筆者が、窓口の向こう側で道徳の奈落へと落ちていくまでの話をしよう。
『囚われた者の窓口』は、インドネシアのインディーデベロッパーHiscoryが開発したディストピア銀行窓口シミュレーションだ。架空国家「ケルタシア」の1980年代を舞台に、プレイヤーは銀行の出納係として日々の業務をこなしていく。ジャンルで言えば『Papers, Please』の系譜に連なる「書類審査シム」だが、本作にはその亜種を超えた、東南アジア産ならではの空気感と物語の重みがある。

「承認」か「拒否」か——たった2択が、こんなにも重い
本作のゲームプレイの核心は至ってシンプルだ。窓口にやってくる客の書類を確認し、取引を「承認」するか「拒否」するかを決める。入出金の処理、身分証明書の照合、紙幣の真贋判定……これを延々と繰り返す、ある意味とても地味なゲームだ。
しかし実際にプレイしてみると、この「地味さ」が恐ろしくなってくる。

毎朝、上司から「今日のルール」が伝達される。昨日まで問題なかった取引方法が、今日から禁止されていたりする。朝令暮改どころか昼令暮改。政府の通達は次々と更新され、「新しい規則を覚えたと思えば、上司がさらに補足説明を突きつけてくる」という状況が延々と続く。
そして、客は善人ばかりではない。精巧な偽造書類、微妙にズレた印影、わずかに色味の違う紙幣——見逃せば自分の給料から天引きされ、警告が積み重なれば解雇。かといって疑いすぎれば、病気の子供を連れた母親の正当な引き出しを拒否してしまうことになる。
「正しい判断」をしているつもりなのに、誰かが必ず傷つく。この構造の悪意が、じわじわとプレイヤーの心に染み込んでくる。
1980年代のインドネシア——家族のために、君は何をする?
本作が単なる書類審査ゲームで終わらない理由のひとつが、この「家族の存在」だ。
主人公は父を亡くし、母の医療費と兄弟姉妹の教育費を一手に背負うことになった若者。遠縁の叔父の口利きでどうにか銀行の出納係の職を得たが、試用期間中という立場は常に不安定だ。毎月の給料はほぼ全額が生活費に消え、時には一日一食を強いられることもある。

そんな状況で、窓口に「心付け」を差し出してくる客が現れる。「この取引、ちょっとだけ見逃してくれれば……」というわけだ。受け取れば今日の食費は確保できる。断れば良心は保てるが、財布は潤わない。
こういった選択が積み重なることで、プレイヤーは自分がどんな人間なのかを突きつけられることになる。ゲームの中の話なのに、なぜか現実の自分の価値観を問われているような妙な感覚だ。
また、ゲームには100人以上のユニークな客が登場し、それぞれに背景や事情がある。単なる「承認/拒否の対象」ではなく、生きた人物として描かれているため、感情移入してしまう場面が多々あった。そしてそれが、判断をより一層難しくする。
「アンティーク書類」な美学——レトロ紙の世界
本作のビジュアルも語らずにはいられない。
ゲーム全体が古い政府文書や帳簿を思わせる「ヴィンテージペーパー美学」で統一されており、画面から漂うのは焦茶色と墨の匂い……のような雰囲気だ。書類のテクスチャ、スタンプのにじみ、紙幣のくたびれ具合まで、細部へのこだわりがただごとではない。

シミュレーションゲームとしての没入感は非常に高く、特に「手で数える」感触を再現したような紙幣カウントの演出は秀逸。銀行窓口の業務疲れと緊張感を、ゲームの外にいながらにして体験させてくれる。
気になる点も正直に
高評価が目立つ本作だが、気になる点も正直に書いておこう。
Steam評価は71%(232件)でやや賛否が分かれている。主な不満点として挙がっているのは「CPUの使用率が異常に高くなる場合がある」こと、「後半の日常パートでセリフの繰り返しが目立つ」こと、「18日目に登場するアクションシーンの操作性がぎこちない」ことなどだ。開発チームはリリース後もパッチを積極的に当てており、Mac対応も追加されるなど、改善に向けた姿勢は感じられる。

また、約6〜8時間でエンディングを迎えるボリュームは人によって「ちょうどいい」とも「物足りない」とも取られるようだ。ただし3つの異なる結末が用意されており、選択次第で大きく分岐する物語は、複数周回のモチベーションになりうる。
「インドネシア産」であることの意味
開発元のHiscoryは、インドネシアのバタム島に拠点を置く小規模なインディースタジオだ。代表作は前作のホラーゲーム「Let Me Out」で、本作は路線を大きく変えながらも「東南アジアの視点でグローバルなゲームを届ける」という姿勢は一貫している。

1980年代のインドネシアはスハルト政権下にあり、実際に厳しい監視社会だった時代だ。本作の架空国家「ケルタシア」はその空気を下敷きにしており、日本や欧米のゲームでは描かれにくかった「東南アジア的ディストピア」の質感が随所ににじみ出ている。Papers, Pleaseが旧東欧的な全体主義をモチーフにしたように、本作は東南アジアの実体験に根ざした重さがある。それが、ゲーム全体のリアリティを支えていると筆者は感じた。
この窓口に座る価値はあるか
「書類チェックをひたすらするゲーム」と聞いて「それのどこが面白いの?」と思うかもしれない。筆者もそう思っていた。
しかし実際に遊んでみると、判子を押す一瞬の重みが、ゲームが終わっても頭に残り続ける。正しいことをしようとすれば誰かが泣き、損得を優先すれば自分の内側が削れていく——この摩耗の感覚こそが本作の真髄だと思う。

Papers, Pleaseを愛したプレイヤーには間違いなくオススメできる一本。「仕事シム」として軽めのプレイを期待すると肩透かしを食らうかもしれないが、ナラティブ体験として腰を据えて向き合うならば、このジャンルでも屈指の密度を誇る作品だ。
基本情報
開発: Hiscory
販売: Hiscory、Gamersky Games
リリース日: 2026年6月12日
価格:1,400円(通常価格)
プラットフォーム: PC(Steam・Microsoft Store・Epic Games Store)、Xbox Series X|S、Xbox One、Mac
プレイ人数: 1人 言語: 日本語、英語、インドネシア語、韓国語、中国語(簡体字・繁体字)他多数対応
ジャンル: アドベンチャー、インディー、シミュレーション
Steam評価: やや好評(71% – 232件のレビュー)
購入リンク
Steam: https://store.steampowered.com/app/3428570/Tellers_Duty/
公式リンク
公式サイト: https://hiscory.com/
X (Twitter): https://x.com/HiscoryStudio


