挫折した女戦士がティーハウスで見つけたもの──『The Stanley Parable』クリエイターが描く「不快なコージーゲーム」『Wanderstop』の深すぎる魅力

更新: 2025年7月29日
挫折した女戦士がティーハウスで見つけたもの──『The Stanley Parable』クリエイターが描く「不快なコージーゲーム」『Wanderstop』の深すぎる魅力

癒し系ゲームの常識を覆す異色作

「癒し系ゲーム」と聞いて思い浮かべるのは『あつまれ どうぶつの森』や『Stardew Valley』のような、ほんわかとした世界で穏やかに過ごすゲームだろう。しかし、2025年3月11日にAnnapurna Interactiveからリリースされた『Wanderstop』は、そんな既成概念を根底から覆す。

「不快なコージーゲーム」──この矛盾した表現こそが、本作の本質を物語っている。

IGNが9点、Shacknewsが満点の10点をつけ、「最も居心地の悪い癒し系ゲーム」と評されたこの作品。Steam評価も92%と高評価だが、その正体は決して安易な癒しではない。

豪華すぎる開発陣が仕掛けた心理的実験

開発を手がけたのは、あの『The Stanley Parable』『The Beginner’s Guide』で知られるDavey Wreden率いるIvy Road。さらに『Gone Home』『Tacoma』のKarla Zimonja、『Minecraft』の音楽を担当したDaniel “C418” Rosenfeldという豪華すぎる布陣だ。

この開発陣を見れば納得できる。単純な癒し系ゲームを作るはずがない。彼らが手がけるのは、プレイヤーの心を揺さぶる深層的な体験なのだ。

アルタの物語──右に出る者がいなかった戦士の燃え尽き

主人公は「アルタ」という女戦士。かつては無敗の記録を誇る世界最強の戦士として君臨していた彼女が、ある日突然力を失い、剣すら持ち上げられなくなってしまう。現代で言うところの「バーンアウト(燃え尽き症候群)」だ。

森で力尽きた彼女を発見したのは、ティーハウスのオーナー「ボロ」。彼の提案で、回復するまでの間ティーハウスを手伝うことになったアルタ。しかし彼女の本音は違う──「早く回復して、ここから去りたい」

この設定だけで、本作がただの癒し系ゲームではないことが分かる。プレイヤーは嫌々ながらティーハウス経営をする主人公を操作するのだ。なんという皮肉。

お茶作りという名の心の修復作業

ゲームプレイは一見シンプルだ。お茶の材料を栽培し、収穫し、不思議な製法で配合してお茶を淹れる。訪れた旅行者たちと会話し、彼らの境遇を知り、それぞれにふさわしいお茶を提供する。

しかし、ここに『The Stanley Parable』チームらしい仕掛けが隠されている。アルタは最初、この作業を義務的にこなす。お客との会話も表面的で、「早く終わらせたい」という気持ちが滲み出ている。

だが、少しずつ変化が訪れる。

材料を育てる過程で土に触れ、お茶を淹れる過程で香りを感じ、お客の話を聞く過程で他者の痛みを知る。アルタの心境の変化は、プレイヤー自身の体験と重なっていく。

VA-11 Hall-Aとの違い──「寄り添う」ことの限界

本作はしばしば『VA-11 Hall-A』と比較される。確かに、飲み物を作って客に提供し、会話を楽しむという基本構造は似ている。しかし決定的な違いがある。

『VA-11 Hall-A』のジルは職業として、ある種の距離感を保ちながらバーテンダーを務めている。一方、アルタは自分自身が傷ついた状態で、他者の痛みと向き合わなければならない。

「他者の問題を解決してあげたい」という欲求と、その限界。

ティーハウスに訪れる客たちの悩みを、アルタは時に「解決」したいと思う。しかし、その全てを背負うことは不可能であり、時にはただ寄り添うことの大切さ、そして健全な距離感の重要性が示される。

時間制限なし、失敗なし──それでも感じる重圧

本作には一般的なゲーム要素──タイマー、期限、スコア、失敗のペナルティ──が一切ない。プレイヤーは自分のペースで淡々と作業を行うことができる。

しかし、それが逆に重い。

ノルマがないからこそ、アルタの内面と向き合わざるを得ない。競争がないからこそ、自分自身との対話が避けられない。これこそが「不快なコージーゲーム」たる所以だ。

現代社会への鋭い問いかけ

一見ファンタジー世界を舞台にしているが、そのテーマは痛いほど現代的だ。

自己価値と職業的アイデンティティの分離、他者からの手助けの受け入れ方、「休息」というスキルの習得、メンタルヘルスとセルフケア…

これらは現代社会で多くの人が直面している課題そのものだ。特に、常に強さを求められ続けた女戦士アルタの設定は、現代の「常に成果を求められる」働き方との類似点が多い。

表面的な癒しを超えた先にあるもの

『Wanderstop』は、現代社会に生きる多くの人にとって必要な体験を提供している。それは決して心地よいものではないかもしれない。アルタのように、私たちも時として立ち止まり、自分自身と向き合う時間が必要なのだ。

Davey Wredenらしい実験的なアプローチと、Annapurna Interactiveらしい丁寧な作り込みが融合した本作は、「コージーゲーム」というジャンルに新たな可能性を示した。単なる現実逃避ではなく、現実と向き合うための休息。それこそが、真の意味での「癒し」なのかもしれない。

忙しい日常に疲れた時、成果を求められ続けることに疲弊した時、ぜひアルタと一緒にお茶を淹れてみてほしい。きっと、あなた自身の心の声が聞こえてくるはずだ。

基本情報

タイトル: Wanderstop
開発: Ivy Road
パブリッシャー: Annapurna Interactive
配信日: 2025年3月11日
プラットフォーム: Steam, PlayStation, Nintendo Switch
価格: 2,050円
日本語: 対応済み
プレイ時間: 6-10時間
ジャンル: コージーゲーム, ナラティブ, シミュレーション

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